飲み会の帰り道、夜道を一人で歩きながら、今日の自分を採点してしまうことがあります。
「乾杯のあと、ほとんど話せなかった」 「気の利いた一言が、最後まで出てこなかった」
隣の席の同僚は、面白い話で場を沸かせていました。 自分と比べて落ち込みながら、スマホで「聞き上手 なるには」と検索する。 この記事は、そんな夜のあなたに向けて書いています。
僕は、話すことがずっと苦手です。 過去形ではありません。今もです。 言葉を出すたびに「噛まないかな」「笑われないかな」と緊張が頭をよぎります。
それでも、会話への向き合い方をひとつ変えたことで、人間関係は変わりました。 話せないまま、彼女もできました。 使ったのは「聞く力」だけです。
この記事では、僕が時間とお金をかけて遠回りして学んだ「聞くだけ」の技術を、教科書のつもりで全部まとめます。 長い記事なので、目次から気になるところだけ読んでもらっても大丈夫です。
僕が「聞く力」にたどり着くまで
先に、僕自身の話を少しだけさせてください。 「どうせ、もともと話せる人が書いているんでしょ」と思ってほしくないからです。
僕は子供の頃、読書感想文が書けませんでした。 自分が何を思い、何を考えているのか、言葉にできなかったのです。 家では両親のケンカが絶えず、家族の会話はほとんどありませんでした。
中学では女子と話せませんでした。 緊張して、汗だくになって、頭が真っ白になるのです。 声変わりが遅くて高い声のままで、音楽の授業で頑張って歌ったら男子に馬鹿にされました。 それ以来、自分の声が恥ずかしくて、声を出すこと自体が苦手になりました。
専門学校で上京してからが、いちばん苦しい時期でした。 サークルの飲み会では輪に入れず、端っこで一人ビールを飲んでいました。 頑張って話そうとしても、言葉がつまり、声がつまり、文章になりません。 コンビニのバイトでは「ありがとうございます」の一言すら緊張しました。 「ああ、ああり、がとうござい、ます」と噛みながら言っていたのを覚えています。
恋人からは「何を考えているかわからない」と言われ続けました。 思ってはいるし、考えてもいるのです。 でも、言葉になって出てこない。
それでも諦めきれず、話し方や心理学、傾聴の本を読み、話し方のスクールにも通いました。 時間もお金も、かなりかかりました。 そして最後にたどり着いた結論は、拍子抜けするほどシンプルでした。
話せなくても、聞けばいい。
彼女の愚痴やたわいもない話を「へえ、そうなんだ」と聞く。 受け入れる。認める。 それだけで、関係は作れました。 頑張って面白い話をする必要は、なかったのです。
念のため書いておくと、僕の緊張や不安は消えていません。 今もほぼ毎日あります。 でも「話せない自分のまま、人とつながる方法」は見つかりました。 この記事では、それを順番に説明していきます。
なぜ「話す力」より「聞く力」なのか
人は「自分の話をしたい生き物」だという研究があります
ハーバード大学のダイアナ・タミールとジェイソン・ミッチェルが2012年に発表した研究があります(米国科学アカデミー紀要 PNAS に掲載)。 この研究では、人が自分について話しているとき、脳の報酬系と呼ばれる領域の活動が高まることが示されました。 おいしい食事やお金を得たときに働くのと同じ系統の部位です。 さらに実験では、少額の報酬をあきらめてでも自分のことを話す選択をした参加者が多かった、と報告されています。 人の発話のうち3〜4割ほどは自分自身についての話だ、という推定にも触れられています。
もちろん、ひとつの研究がすべてを説明するわけではありません。 ただ、僕の実感とは強く一致します。 多くの人は、話したいのです。 だとすれば、気持ちよく話せる相手になれた人は、それだけで貴重な存在になります。
面白い話ができる人ではなく、安心して話せる相手。 話し下手な僕たちが目指せるのは、こちら側です。 そしてこちら側には、話す能力がほとんど要りません。
「ちゃんと聞いてくれる人」は、実は少ない
ジャーナリストのケイト・マーフィが書いた『LISTEN』(篠田真貴子 監訳)という本があります。 現代では多くの人が「自分の話を聞いてもらえていない」と感じている、という取材がまとめられた一冊です。 みんな話したいのに、聞く人が足りていない。 逆に言えば、ちゃんと聞ける人は、それだけで珍しい存在だということです。
実際、僕は聞く側に回るようになってから「話しやすい」と言われることが増えました。 面白いことは、相変わらずひとつも言えません。 それでも、です。
聞き上手になるには:土台になる3つの考え方
具体的な技術の前に、考え方の話をさせてください。 僕は最初、相槌の打ち方のような表面だけを真似して失敗しました。 土台の考え方がないと、どんな聞き方も不自然になります。
1. 「面白い話をしなくていい」と本気で決める
聞き上手になる最大の障害は、皮肉なことに「ちゃんと話さなきゃ」という焦りです。 次に何を言おうか考えながら聞いていると、相手の話は頭に入りません。 すると相槌がずれて、「聞いてないでしょ」と思われてしまいます。
だから最初に決めてしまってください。 「今日は面白いことを言わない。そのかわり、ちゃんと聞く」と。 役割がひとつに絞られると、緊張は少し軽くなります。 僕はこれを決めた日から、会話の前の憂鬱さが目に見えて減りました。
2. 評価やアドバイスをせず、まず受け止める
僕がいちばん反省したのはここです。 恋人の愚痴を聞きながら、昔の僕は頭の中で「解決策」を探していました。 でも、求められていたのは答えではありませんでした。 「そうなんだ。それは大変だったね」の一言だったのです。
相手の話が正しいかどうかを判定しない。 「そう感じた」という事実を、そのまま受け取る。 これができるようになってから、「話を聞いてくれる人」と言われるようになりました。
3. 沈黙は失敗ではない
僕は沈黙が怖くて、会話そのものを避けていた時期があります。 でも、聞く側に回ると気づくことがあります。 相手が黙っている時間は、次に話すことを考えている時間でもあるのです。 そこで慌てて言葉を挟むと、むしろ相手の話の芽を摘んでしまいます。
沈黙が来たら、心の中で3秒数えてみてください。 たいていは、相手が先に話し始めます。 沈黙は会話の失敗ではなく、会話の一部です。
実践編:僕が使っている「聞くだけ」の技術
ここからは具体的な方法です。 どれも、話す能力を必要としません。
相槌は「へえ、そうなんだ」を基本形にする
僕の相槌の基本形は「へえ、そうなんだ」です。 そこに、いくつかのバリエーションを足します。
- 驚いたとき:「えっ、そうなの?」
- 共感するとき:「わかる気がする」「それは大変だ」
- 続きを促すとき:「それで?」「どうなったの?」
- うれしい報告のとき:「いいね」「よかったね」
大事なのは種類の多さではなく、相手の感情に合わせることです。 うれしそうな話には明るく、つらそうな話には静かに。 声のトーンを話の温度に合わせるだけで、同じ「そうなんだ」でも伝わり方が変わります。
オウム返しは「事実」より「気持ち」を返す
オウム返しは有名な方法ですが、機械的にやると不自然になります。 コツは、出来事ではなく感情の言葉を拾って返すことです。
相手「昨日、上司にきついこと言われてさ」 僕「そんなこと言われたんだ。それはへこむね」
事実を全部繰り返す必要はありません。 相手がいちばん聞いてほしそうな部分だけ、短く返せば十分です。
質問はまず、ひとつだけ覚える:「それで、どうなったの?」
質問が思いつかない、という悩みをよく聞きます。 僕も同じでした。 だから最初は、ひとつだけ覚えてください。 「それで、どうなったの?」です。
この質問は、相手の話の続きを促すだけなので、こちらの発想力が要りません。 気をつけたいのは、質問を連発して尋問のようにしないことです。 相手が話したそうな方向に、そっと一歩だけ促す。 それくらいの力加減がちょうどいいと感じています。
言葉より先に、体で聞く
聞いていることは、言葉より姿勢で伝わります。
- スマホを伏せて、手の届かない場所に置く
- 体とつま先を、相手のほうへ向ける
- うなずきは、ゆっくり深く
目を見るのが苦手なら、無理をしなくて大丈夫です。 僕は今でも目を合わせ続けるのが苦手なので、眉のあたりや口元を見ています。 それで「目をそらしている」と言われたことはありません。
「聞いてるのに、聞いてないと言われる」ときの見直しポイント
真面目に聞いているのに「聞いてる?」と言われる。 昔の僕がそうでした。 原因はだいたい、次の4つのどれかでした。
- 相槌が単調になっている。 「うん」「はい」だけが続くと、生返事に聞こえます。
- 目線や体が別の方向を向いている。 聞いていても、姿勢が「聞いてない」と伝えてしまいます。
- 先回りして要約してしまう。 「つまりこういうことでしょ」は、話を途中で終わらせる言葉です。
- 自分の話にすり替えてしまう。 「わかる、僕もさ」と話を奪うと、相手の話は宙に浮きます。
僕の場合、いちばんの原因は3と4でした。 気の利いた返しをしようと焦るほど、相手の話を最後まで聞けなくなるのです。 返しは遅くて構いません。 最後まで聞くことのほうが、ずっと大事でした。
彼女ができたのは、聞いただけだったから
恋愛の話も、正直に書きます。
僕はデートで、面白い話をひとつもしていません。 彼女の仕事の愚痴、友達の話、たわいもない出来事。 それを「へえ、そうなんだ」と聞いて、受け止めただけです。 それでも「一緒にいて楽」と言ってもらえました。
これはあくまで僕の場合の話です。 誰にでも同じ結果になると約束することはできません。 ただ、「話せないから恋愛は無理だ」という思い込みなら、僕の実体験ひとつで否定できます。 少なくとも、話す力は恋愛の必須条件ではありませんでした。
そして、ひとつだけ約束してほしいことがあります。 聞く力を、相手を思いどおりに動かすための道具にしないでください。 聞くことは、相手を尊重することと同じ意味であってほしいのです。 その姿勢は、言葉にしなくても相手に伝わると僕は思っています。
やってはいけない聞き方
最後に、僕が実際にやって失敗した聞き方をまとめておきます。
- 聞いたふりをする。 上の空の相槌は、沈黙より相手を傷つけます。
- すぐアドバイスする。 求められるまで、解決策は胸にしまっておきます。
- 「でも」「いや」で受ける。 否定から入ると、相手は話す気をなくします。
- 詮索する。 相手が濁したことを深追いしない。話したくなったら話してくれます。
- 我慢大会にする。 自分の心がすり減っているときまで、聞き役を続けなくていいです。
最後の項目は特に大事です。 聞く力は、自分を犠牲にする技術ではありません。 つらいときは「今日はあまり聞けないかも」と言っていいのです。
なお、僕のように声や緊張のつらさが強い人へ。 生活に支障が出るほどしんどい場合は、医療機関や言語聴覚士などの専門家に相談することも、選択肢のひとつです。 一人で抱え込む必要はありません。
よくある質問
聞く力の話をすると、決まって聞かれることが3つあります。 昔の僕自身の疑問でもあったので、ここでまとめて答えておきます。
Q. 聞いてばかりだと、都合のいい人になりませんか?
なる場合があります。 だから「聞く」と「引き受ける」は分けてください。 話を受け止めることと、頼みごとを何でも引き受けることは、別の行為です。 僕は話は最後まで聞きますが、できないお願いには「それは難しい」と言います。 聞く力があるほど、断っても関係は壊れにくいと感じています。 日頃から受け止めてもらえている相手の「無理」は、拒絶に聞こえないからです。
Q. 自分の話を振られたら、どうすればいいですか?
一文で答えて、同じ質問を相手に返してください。 「休みは何してたの?」なら「家で映画を観てました。○○さんは?」です。 うまく話す必要はありません。 短く答えるほど、会話は自然に相手のターンへ戻ります。 聞き役にとって、質問はピンチではなく、相手に話を戻すきっかけです。
Q. 複数人の会話では、誰の話を聞けばいいですか?
今まさに話している人、一人だけで大丈夫です。 全員に気を配ろうとすると、僕のような人間はすぐに固まります。 話している人のほうへ体を向けて、うなずく。 発言がなくても、それで会話に参加できています。 聞いている人の存在は、話している本人からは、ちゃんと見えているものです。
聞く力は、話し下手の弱点を強みに変える
長くなったので、まとめます。
- 人は自分の話をしたい。だから聞ける人は貴重(タミールとミッチェルの研究)
- 聞き上手の土台は「面白い話をしないと決める」「受け止める」「沈黙を恐れない」
- 技術は「へえ、そうなんだ」「気持ちのオウム返し」「それでどうなったの?」から
- 聞く姿勢は言葉より体で伝わる
- 聞く力を、人を動かす道具にしない
僕は今も、話すのが苦手です。 でも、聞くことなら、緊張していてもできます。 噛んでも、声が震えても、聞くことはできるのです。 これは、話し下手な僕たちに残されている、いちばん確かな道だと思っています。