デートの帰り道、駅までの10分を二人で歩いていました。 会話が途切れて、足音だけが聞こえます。 僕の頭の中は大騒ぎでした。 「何か話さないと」「つまらないと思われる」「早く、何か話題を」。
焦って絞り出した話題は、さっき話し終えたばかりの天気の話。 彼女に「それさっき聞いたよ」と笑われて、余計に頭が真っ白になりました。
沈黙が怖い。 その気持ちは、今の僕にもわかります。 でも、沈黙への見方を変えてから、あの焦りはかなり小さくなりました。
沈黙が怖いのは「自分の失敗」だと思っているから
まず、怖さの正体から考えます。 僕が沈黙を怖がっていた理由は、突き詰めるとひとつでした。 沈黙を「会話を続けられない自分の失敗」として採点していたのです。
だから沈黙が来るたびに、減点された気分になる。 焦って無理な話題を出す。 空回りして、余計に気まずくなる。 この悪循環を、僕は何年も繰り返していました。
でも、聞く側に回るようになって気づいたことがあります。 沈黙は、どちらかの失敗ではありませんでした。
沈黙には種類がある
相手の話を聞く練習を始めてから、沈黙をよく観察するようになりました。 すると、ひとくちに沈黙と言っても、中身が違うのです。
- 考えている沈黙。 相手が次に話すことを頭の中で探している時間です。
- 余韻の沈黙。 いい話のあとに、その話を味わっている時間です。
- 休憩の沈黙。 単純に、話し疲れてひと息ついている時間です。
- 気まずい沈黙。 お互いに緊張して固まっている時間です。
僕が「全部気まずい沈黙だ」と思い込んでいたものは、実はほとんどが上の3つでした。 特に「考えている沈黙」は、会話にとってむしろ必要な時間です。 そこで慌てて言葉を挟むと、相手が話そうとしていた芽を摘んでしまいます。
相手は、こちらが思うほど沈黙を気にしていない
もうひとつ、僕の思い込みを壊した体験があります。
聞き役に回っていたある日、相手が話の途中でふっと黙りました。 僕は全然気まずくありませんでした。 「考えてるんだな」と思って、待っていただけです。 数秒後、相手は「あ、そうそう、それでね」と話を再開しました。
そのとき気づいたのです。 自分が黙ったときも、相手はこれくらいにしか感じていないのではないか、と。
僕は自分の沈黙を実況中継のように意識していました。 一秒ごとに「気まずい、気まずい」と数えていたようなものです。 でも相手の沈黙は、まったく気にしていなかった。 だとすれば、逆もきっと同じです。 沈黙の気まずさは、かなりの部分が自分の頭の中だけで起きていました。
沈黙が来たときの過ごし方3つ
考え方を変えても、体の焦りはすぐには消えません。 だから僕は、沈黙が来たときの「やること」を先に決めておきました。
1. 飲み物を一口飲む
沈黙が来たら、まずお茶やコーヒーを一口。 「何かをしている人」になると、沈黙は間として成立します。 歩いているときなら、空や景色を見るだけでも同じ効果がありました。
2. 直前の話の感想を短く言う
新しい話題を探すのをやめて、さっきの話に一言だけ感想を足します。 「さっきの話、ちょっとわかる気がするな」 話題ゼロから何かを生み出すより、はるかに簡単です。
3. 「そういえば」で前の話に戻る
それでも間が続いたら、「そういえば、さっき言ってた〇〇って?」と戻ります。 会話の種は、未来ではなく過去の話の中に埋まっています。 新しい話題を探すより、聞き逃した部分を拾いに戻るほうが自然でした。
埋めるための言葉は、たいてい失敗する
過ごし方を3つ書きましたが、逆にやらないと決めていることもあります。 「沈黙を埋めるためだけの言葉」を出さないことです。
焦って出す話題は、自分でも興味のないものになりがちです。 興味のない話題は広がらず、また沈黙が来ます。 しかも今度は「話題を出したのに続かなかった」という重い沈黙です。 冒頭の天気の話が、まさにこの失敗でした。
無理に出した一言より、落ち着いた3秒の間のほうが、印象はよほどましです。 沈黙への対処は「何か言う」ではなく「慌てない」なのだと、今は思っています。
沈黙を共有できる関係は、強い
最後に、いちばん伝えたいことを書きます。
会話がずっと続く関係より、黙っていても平気な関係のほうが、僕は居心地がいいです。 彼女と部屋で別々の本を読んでいる時間は、沈黙そのものですが、気まずさはありません。 沈黙は埋めるものではなく、一緒に過ごすものでした。
沈黙を怖がらなくなると、聞き方も変わります。 相手の言葉を待てるようになるからです。 話の途中の間を奪わなくなり、相手はより深いところまで話してくれるようになりました。 その先にある「聞く力」の全体像は、聞く力の教科書にまとめています。