付き合いはじめの頃、彼女とファミレスにいました。 彼女は職場の話を延々としていて、僕の返事はほぼ「へえ、そうなんだ」だけ。 内心、ずっと焦っていました。 「こんな返ししかできない自分と、話していて楽しいはずがない」と。

ところが帰り際、彼女はこう言ったのです。 「今日、いっぱい話しちゃった。楽しかった」

僕はほとんど話していません。 それなのに、会話は2時間続き、相手は満足していました。 この不思議な現象には、心理学の研究による裏付けがあることを、あとから知りました。

人は「自分の話」をすると気持ちよくなる、という研究

ハーバード大学のダイアナ・タミールとジェイソン・ミッチェルが、2012年に発表した研究があります。 米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された、自己開示についての実験です。

この研究では、参加者が自分自身について話しているとき、脳の報酬系と呼ばれる領域の活動が高まることが示されました。 報酬系は、おいしい食事やお金を得たときに働くのと同じ系統の部位です。 さらに実験では、少額の報酬を手放してでも「自分のことを話す」ほうを選ぶ参加者が多かったと報告されています。 人の発話のうち3〜4割ほどは自分自身についての話だ、という推定にも触れられています。

つまり、こういうことです。 多くの人にとって、自分の話を聞いてもらうことは、それ自体がごほうびになっている。 ひとつの研究がすべてを説明するわけではありませんが、僕の実感とは驚くほど一致します。

「そうなんだ」は、相手のごほうびを邪魔しない言葉

この研究を踏まえると、あのファミレスの夜の説明がつきます。

彼女は、自分の話をしたかった。 そして「へえ、そうなんだ」という相槌は、その流れを一切さえぎりません。 評価もしない、反論もしない、話も奪わない。 相手が気持ちよく話し続けるための、通行許可証のような言葉なのです。

逆のパターンを考えてみてください。 気の利いた返しをしようとして、「それってこういうことでしょ」と要約する。 あるいは「わかる、僕もね」と自分の話を始める。 どちらも、相手の「話す気持ちよさ」を途中で止めてしまいます。

僕は昔、沈黙を埋めようとして後者ばかりやっていました。 黙って「そうなんだ」と受けるほうが喜ばれると気づいたのは、ずいぶんあとのことです。

ただし「棒読みのそうなんだ」は逆効果でした

ここまで読むと、「そうなんだ」を連呼すればいいように見えます。 でも僕の経験上、それだけだと生返事に聞こえて失敗します。 機能させるには、3つの条件がありました。

1. 感情の温度を合わせる

うれしい話には明るい「へえ、そうなんだ!」。 つらい話には静かな「そうなんだ……」。 同じ5文字でも、声の温度で別の言葉になります。

2. 体を相手に向ける

スマホを見ながらの「そうなんだ」は、内容がどうであれ届きません。 言葉の手前で、姿勢が「聞いてない」と伝えてしまうからです。 僕はスマホを伏せて、手の届かない場所に置くようにしています。

3. ときどき続きを促す

「そうなんだ。それでどうなったの?」 この一言を3回に1回くらい足すと、話は勝手に転がっていきます。 質問を考える力は要りません。 続きを聞きたい気持ちを、そのまま口にするだけです。

「そうなんだ」が冷たく聞こえてしまうとき

ひとつ、注意点も書いておきます。 「そうなんだ」は、使い方を間違えると突き放した言葉にもなります。

たとえば、相手が深刻な相談をしているとき。 「そうなんだ」だけで流すと、「興味がないんだな」と受け取られかねません。 僕も一度、彼女の真剣な悩みに軽い「そうなんだ」を返して、静かに怒られました。

深刻な話のときは、言葉を少し足します。 「そうなんだ。それはきつかったね」 「そうだったんだ。話してくれてありがとう」 受け止めた、という一言まで含めて、はじめて相槌が完成する場面もあるのです。

万能に見える言葉ほど、温度の調整が要ります。 逆に言えば、温度さえ合っていれば、語彙はこの一言でほぼ足ります。

職場の雑談でも、同じ仕組みが働きます

この「話すと気持ちいい」の仕組みは、恋愛に限った話ではありません。 僕は職場の雑談でも、同じ形でしのいでいます。

先輩の趣味の話、上司の若い頃の話。 「へえ、そうなんですね」「初めて聞きました」と受けて、たまに続きを促す。 それだけで、雑談の時間は向こうが埋めてくれます。 話題を用意する必要がないので、雑談前の憂鬱もだいぶ軽くなりました。

「聞くだけ」は手抜きではありません

「相槌だけの会話なんて、ずるくないか」と思う人がいるかもしれません。 昔の僕も、どこかで「ちゃんと話せない言い訳」のように感じていました。

でも今は、こう考えています。 世の中には話したい人があふれていて、聞く人が足りていない。 だとすれば、最後まで気持ちよく話させてあげられる人は、それだけで貴重な存在です。

面白い話ができることと、一緒にいて楽なことは、別の価値です。 話し下手な僕たちが目指せるのは後者で、それで十分に人間関係は作れます。 その全体像は聞く力の教科書にまとめたので、あわせて読んでみてください。