運営者について
「話し下手Lab」管理人です。話すことが苦手なまま、20代を過ごしました。 このページでは、僕自身の話と、このサイトの約束を書きます。
話せなかった僕のこと
子どものころ、読書感想文が書けませんでした。 自分が何を思っているのか、言葉にできなかったからです。
家では両親が毎日のようにケンカをしていました。 2階の部屋で、1階から聞こえる叫び声を聞いていた記憶があります。 家族の会話はほとんどなく、僕は自然と無口になりました。
中学に入ると、人と話せない状態が本格的に始まりました。 通学中は、友達の話をただ聞いているだけ。 女子と話そうとすると緊張して汗だくになり、頭が真っ白になりました。
声変わりが遅く、高い声のままだったことも大きな傷になりました。 音楽の授業で頑張って歌ったら、男子に馬鹿にされたのです。 それ以来、自分の声が恥ずかしくて、声を出すこと自体が苦手になりました。
当時の僕は、元気でよくしゃべる女子が苦手でした。 でも今振り返ると、あれは「うらやましさ」の裏返しだったと思います。 自由自在に言葉を扱える人がまぶしくて、自分を守るために「苦手」に変換していたのです。
高校は、女子の少ない、地元から離れた工業高校をあえて選びました。 男子だけの環境は、気楽でした。 これは逃げではなく、環境選びによる自衛だったと今は思っています。 つらい場所から距離を取ることは、悪いことではありません。
専門学校で上京してからが、いちばん苦しい時期でした。 サークルの飲み会では輪に入れず、端っこで一人ビールを飲んでいました。 頑張って話そうとしても言葉がつまり、声がつまり、文章になりませんでした。
コンビニのバイトでは、「ありがとうございます」の一言にすら緊張しました。 「ああ、ああり、がとうござい、ます」。 噛みながら、どもりながら、それでも声を出し続けていました。
恋人からは「何を考えているかわからない」と言われ続けました。 思ってはいる。考えてはいる。でも、言葉に出てこないのです。
今も、緊張と付き合っています
正直に書きます。僕は「治った人」ではありません。 言葉を出すたびに、今も頭に緊張がよぎります。 噛まないかな。ちゃんと言えるかな。声はちゃんと出るかな。 声と会話にまつわる不安は、今も僕の隣にいます。
だからこのサイトでは、「こうすれば治ります」とは書きません。 治さなくていい。付き合い方を変えればいい。 それが、僕自身の実感にもとづく、このサイトの軸です。
転機——話せなくても、聞けばいい
それでも諦めきれず、話し方・心理学・コミュニケーション・発声の本を読みあさりました。 スクールにも通いました。時間もお金も、ずいぶんかかりました。
そして、遠回りの果てにわかったことは、拍子抜けするほどシンプルでした。話せなくても、聞けばいい。
彼女の愚痴やたわいもない話を、「へえ、そうなんだ」と聞く。 受け入れる。認める。それだけで、関係は作れました。 頑張って面白い話をする必要は、なかったのです。
この気づきを、かつての僕と同じ悩みを持つ人に届けたい。 僕がかけた時間とお金の分だけ、近道を渡したい。 それが、このサイトを作った理由です。
このサイトの約束
- 読者を騙さない。煽らない。焦らせない。
- 「変われ」と言わない。ありのままでいい、少しだけ優しくなればいい。
- テクニックの押し売りではなく、考え方・姿勢・メンタルを土台に置く。
- 「話せなかった過去」から書く。上から教えない。隣に座って話す。
- 相手を尊重する恋愛だけを扱う。
子ども時代からの記録は、連載「話せなかった僕の記録」に少しずつ書いています。 「聞く力」の考え方は、聞く力・傾聴のカテゴリからどうぞ。
このサイトは体験と学びにもとづく情報提供であり、医療・カウンセリングの代わりにはなれません。 つらさが強いときや生活に支障が出ているときは、医療機関や専門家(カウンセラー・言語聴覚士など)への相談も選択肢のひとつです。