スマホの通知に、同窓会の案内が届いたことがあります。 グループには、懐かしい名前が並んでいました。 僕はしばらく画面を眺めて、返事をせずに閉じました。 残ったのは少しの罪悪感と、それより大きな安堵でした。
先に、正直に書きます。 僕はいま、地元や中学、高校、専門学校の人たちと関係を持っていません。 飲み会も同窓会も、年末年始の集まりも行かないと自分で決めました。 合わない、と自分の中で見切りをつけたからです。 冷たいと思う人もいるかもしれません。 それでも僕は、この選択を後悔していません。
ただし、これはあくまで僕の場合の話です。 誰にでも同じ選択を勧めたいわけではありません。 今の人間関係がつらい人に、「変えられる」という選択肢を見せたくて書いています。
頑張って付き合っていた頃
かつての僕は、誘いをうまく断れない人間でした。 行けば輪に入れず、相槌だけで数時間が過ぎます。 帰り道はいつも、どっと疲れていました。 楽しかった記憶より、気を使った記憶のほうが多かったのです。
それでも行っていたのは、「付き合いは続けるものだ」と思い込んでいたからです。 昔からの縁を自分から手放すのは、悪いことのような気がしていました。 あの頃の僕は、関係を選ぶという発想そのものを持っていなかったのだと思います。 人間関係は配られたもので、選べるものだとは考えていませんでした。
離れるのは裏切りではなく、自衛でした
考えが変わったきっかけの一つは、高校選びの記憶です。 僕は中学時代、人と話すことに強い緊張を抱えていました。 特に女子と話すのが苦手で、頭が真っ白になるほどでした。 だから進学先には、女子の少ない、地元から離れた工業高校をあえて選びました。 男子ばかりの環境は、僕には気楽でした。 あの三年間は、「環境を選べば楽になれる」という実体験になっています。
人によっては、これを「逃げ」と呼ぶかもしれません。 でも僕は、自分を守るための環境選びだったと思っています。 合わない場所で消耗し続けることだけが、誠実さではないはずです。 同窓会に行かない今の選択も、根っこは同じところにあります。 裏切りではなく、自分を守るための距離なのだと考えています。
離れた先に、新しい時間ができました
古い関係から離れて、空白になったかというと、そうではありませんでした。 浮いた時間で、自分だけの時間と、新しい人間関係を少しずつつくっています。 数は多くありません。 それでも、気を使い続ける集まりより、ずっと呼吸が楽になりました。
人間関係は、一度配られたら終わりのカードではないのだと知りました。 合わなければ離れて、また一からつくり直せます。 時間はかかりますが、やり直しがきかないものではありませんでした。 これは僕にとって、大きな発見でした。
古い縁を大切にしている人を、否定したいわけではありません
ここで一つ、誤解のないように書かせてください。 地元の友人と何十年も続く関係は、素敵なものだと思います。 合う相手との縁なら、大切に続けてほしいです。 問題は縁の古さではなく、合わないのに義務感だけで続けることだと僕は考えています。 続けるのも、離れるのも、自分で選んだのなら正解です。
すぐに離れられない関係もあります
とはいえ、職場のように簡単には離れられない関係もあります。 僕も、仕事の人間関係まで全部を選び直せたわけではありません。 そういう場所では、離れる代わりに距離を調整しています。
- 飲み会は毎回ではなく、行ける回だけ行く
- 雑談は無理に広げず、仕事の話を丁寧にする
- 休憩時間まで付き合わず、一人の時間を確保する
心の中に「ここまで」という線を引くだけでも、消耗は減ります。 それに、職場での信頼は話術や付き合いのよさだけで決まるものではありません。 このあたりは話せなくても、強みで生きていくに詳しく書きました。
なお、つらさが強い状態が長く続くときは、一人で抱え込まないでください。 医療機関やカウンセラーなど、専門家に相談する選択肢もあります。
あなたには、あなたの距離の取り方がある
僕の選択は、古い関係をゼロにしてつくり直すという、思い切った形でした。 でも、距離の取り方は一つではありません。
- 連絡の頻度を、少しずつ下げる
- 集まりには、年に一度だけ顔を出す
- SNSのつながりだけ残して、会うのはやめる
- 会う相手を、グループ全員から気の合う一人に絞る
どれも立派な距離の調整です。 全部を手放す必要はありませんし、急ぐ必要もありません。 あなたの人生の人間関係は、あなたが決めていいのです。 そして決め直すのに、遅すぎる時期はないと僕は思っています。