会議で名前を呼ばれて、「はい」と返事をする。たったそれだけの第一声が、思ったより高く、かすれて出る。一瞬、周りの反応をうかがってしまう。誰も気にしていないはずなのに、顔が熱くなる。
あるいは、打ち合わせの録音を聞き返して、自分の声だけ早送りしたくなる。「自分の声、こんなに変なのか」と。
男で声が高いこと。声が通らないこと。滑舌が悪いこと。声にまつわるコンプレックスは、外からは小さな悩みに見えるかもしれません。でも本人にとっては、電話、会議、注文、あいさつ、その全部に付いてくる悩みです。声を使わずに生きることは、できないからです。
僕は、声変わりが遅くて高い声のまま中学時代を過ごし、そこで声を出すこと自体が怖くなった人間です。この記事では、その体験と、長い時間をかけて見つけてきた対処法を書きます。
先に正直に言うと、僕の声のコンプレックスは今も消えていません。声を出す前には今でも緊張がよぎります。それでも、声を出して働き、人と話して生きています。「コンプレックスを消す方法」ではなく「コンプレックスを持ったまま生きる方法」を探している人に、読んでほしい記事です。
高い声のまま迎えた、音楽の授業
僕は声変わりが遅い方でした。周りの男子の声が低くなっていく中で、僕の声は高いままでした。
決定的だったのは、中学の音楽の授業です。歌のテストで、僕は自分なりに頑張って歌いました。そうしたら、男子たちに笑われて、馬鹿にされました。
そのときのことを、細かく思い出せるわけではありません。ただ、その日を境に「自分の声は恥ずかしいものだ」という感覚が、体に刻まれたのは確かです。歌だけではなく、普通に声を出すことまで苦手になりました。授業で音読が回ってくるのが怖い。返事の声が裏返らないか怖い。声を出す場面のすべてが、テストのようになりました。
声のコンプレックスの厄介なところは、ここだと思います。顔や体型の悩みと違って、声は「出す」という動作とセットです。だから声が嫌いになると、話すこと自体が嫌いになっていきます。僕の話し下手と人見知りは、この声の恥ずかしさとつながって、セットで深くなっていきました。
「ありがとうございます」が言えなかったコンビニバイト
専門学校に入って上京した頃、コンビニでバイトをしていました。レジに立てば、お客さんが来るたびに「ありがとうございます」と言います。一日に何十回も、です。
僕にとって、その一言は毎回テストでした。声を出すたびに、音楽の授業の記憶がよぎります。噛まないかな。声はちゃんと出るかな。変に思われないかな。そう考えながら口を開くので、言葉はつまり、「ああ、ああり、がとうござい、ます」と、どもりながら言っていました。
たった一言のあいさつに、こんなに消耗する。周りの人は何も考えずに言えているのに。当時の僕は、レジのたびに自分の欠陥を確認しているような気持ちでした。
ただ、今振り返ると、あのバイトを続けたことには意味がありました。うまく言えない日をくり返しながらも、僕は声を出し続けていたからです。うまく言えた日も、たまにありました。忙しくて意識する余裕がない日ほど、すっと言えることにも気づきました。「自分の声を監視しているときほど、声はつまる」。この発見は、後で書く対処法の土台になっています。
対処法の前に:録音の声が嫌いなのは、あなただけではない
具体的な対処法に入る前に、ひとつ知っておいてほしいことがあります。
録音した自分の声に違和感があるのは、ごく普通のことだと言われています。普段自分が聞いている声には、空気を伝わる音に加えて、体の中を伝わる響きが混ざっている、と一般に説明されています。録音された声は、その響きが抜けた「他人に聞こえている音」に近いのだそうです。つまり、普段の自分には聞き慣れない音なので、違和感があるのは自然なことです。
あくまで一般によく言われている説明で、僕自身が検証したわけではありません。それでも、僕はこれを知ったとき、少しだけ救われました。「録音の声が気持ち悪い=自分の声は変」ではなかったからです。もちろん、それでコンプレックスが消えたわけではありません。でも「この違和感は仕組み上そういうものだ」と知っているだけで、録音を聞くダメージは減りました。
僕がやってきた対処法
ここからは、僕が実際に試して、効果を感じたものを書きます。声の悩みは人それぞれなので、どれも「僕の場合は」という前置き付きです。効果を保証するものではありません。
対処法1:声を変えようとせず、「出しやすい状態」を作る
僕は最初、低い声を出そうと頑張った時期があります。喉に力を入れて、無理に低く話す。結果は散々でした。不自然だし、喉は疲れるし、長く続きません。何より「本当の声がバレたらどうしよう」という新しい不安が増えました。
方向転換して、「声の高さを変える」のをやめ、「声が出やすい状態を作る」ことに切り替えました。僕がやっているのは単純なことです。
- 話す前に、一度ゆっくり息を吐く。声は息に乗るので、息が浅いと声もかすれます
- 朝、最初の声を出す場面が仕事にならないようにする。通勤前に家で一言でも声を出しておくと、第一声の失敗が減りました
- 喉ではなく、口を大きめに動かすことに意識を向ける。滑舌の問題が少し軽くなりました
地味ですが、「今日は声が出やすい」という日が増えると、声を出すことへの恐怖は少しずつ薄まります。
対処法2:第一声のハードルを下げる
声のコンプレックスがある人にとって、いちばん怖いのは第一声です。会議の最初の発言、電話に出る瞬間、あいさつ。最初の一音が失敗すると、そのあとずっと引きずります。
だから僕は、第一声を「短い決まり文句」に固定しています。会議なら「はい、〇〇です」。電話なら「お電話ありがとうございます、〇〇です」。内容を考えながら第一声を出すのではなく、口が覚えている言葉だけを出す。考える負荷がないぶん、声はつまりにくくなります。
コンビニ時代の「ありがとうございます」も、思えば決まり文句でした。当時の僕に足りなかったのは、決まり文句を「テスト」ではなく「ただの音の運動」として扱う視点だったと思います。うまく言えなくても減点しない。声が出た時点で合格。その採点基準に変えてから、僕は第一声が少し楽になりました。
対処法3:話す量で勝負しない。聞く側に回る
これは声に限らず、このサイト全体で伝えていることですが、声にコンプレックスがある人にこそ有効だと思っています。
会話で自分の声を出す時間を、無理に増やす必要はありません。相手の話を聞いて、「へえ、そうなんですね」と短く返す。相槌は短いので、声がつまるリスクが小さい。それでいて、会話への参加としては十分に成立します。
僕は恋人の愚痴やたわいもない話を、ただ聞いて、受け入れて、認める。それだけで関係を作ってきました。長く話さなくても、いい声でなくても、聞くことはできます。声の悩みで会話そのものをあきらめる前に、「聞く側」という参加のかたちを試してほしいです。
対処法4:声を出す練習の場を、生活の外に作る
とはいえ、声を出すことから完全に逃げ続けると、恐怖は大きくなる一方でした。僕の場合、仕事や日常は「本番」なので、練習には向きません。失敗のダメージが大きいからです。
だから、失敗してもダメージのない場所で声を出すようにしました。一人の部屋での音読。車や風呂での発声。誰にも聞かれない場所なら、高い声もどもりも、ただの音です。本番ではない場所で声を出す時間を持つと、声を出すこと自体への抵抗が少しずつ下がっていきました。
対処法5:「声、高いね」と言われたときの返しを決めておく
声にコンプレックスがあると、他人からの声への言及が地雷になります。「声、高いね」の一言で、僕はその日一日引きずっていました。
僕がやったのは、返しをあらかじめ決めておくことです。僕は「よく言われます。聞き取りやすいらしいです」と軽く返すことにしています。うまい返しである必要はありません。大事なのは、その場で考えなくて済むことです。
不意打ちで言われて、動揺した顔で黙り込む。これがいちばんダメージの残るパターンでした。決めておいた一言で流せると、「言及されても大丈夫だった」という経験が残ります。この小さな成功の積み重ねが、地雷を少しずつ小さくしてくれました。
対処法6:電話は「聞く7割・型3割」で乗り切る
声のコンプレックスと相性が最悪なのが電話です。声だけで勝負させられて、逃げ場がありません。僕も電話が鳴るたびに体がこわばる時期がありました。
僕の乗り切り方は2つです。1つは、名乗り・保留・取り次ぎなどの定型部分を完全に型にして、考えずに言えるようにすること。もう1つは、それ以外の部分を「聞く時間」と捉え直すことです。
電話は実は、相手の用件を聞き取ってメモする仕事が大半です。自分の声を聞かせる場ではなく、相手の話を聞く場。そう捉え直してから、受話器の重さが少し減りました。
カラオケという鬼門との付き合い方
音楽の授業で声を笑われた僕にとって、カラオケは長いあいだ鬼門でした。誘われるたびに、断る理由を探していました。同じ人は多いと思うので、僕なりの付き合い方を書いておきます。
まず、行かないという選択は普通にありです。僕は「歌は聞く専門なんです」と言って、タンバリンと注文係に回っていた時期が長くありました。場の空気は、歌わなくても意外と壊れません。盛り上げ役は歌う人に任せて、僕は人の歌に拍手をする係でした。
そのうえで、もし少しでも歌ってみたい気持ちがあるなら、僕がやったのは一人カラオケです。誰にも聞かれない部屋で、自分の声を出してみる。最初は自分の歌声のひどさに落ち込みましたが、回数を重ねると「声を出すこと」自体への抵抗が下がっていきました。人前で歌うためではなく、声を出す練習室として使う。これは前の章で書いた「安全な場所で声を出す」の実践版です。
ボイストレーニングに通ってみた話
僕は社会人になってから、話し方のスクールに通い、発声のトレーニングも受けました。時間もお金もかかりました。その体験を、良かった点と注意点の両方から書いておきます。
良かった点は2つあります。1つは、呼吸や口の動かし方など、独学では気づけない体の使い方を、その場で直してもらえたことです。もう1つは、「人前で声を出しても大丈夫だった」という経験を、安全な場所で積めたことです。講師は僕の声を笑いませんでした。当たり前のことですが、僕にはその当たり前が必要でした。
注意点も正直に書きます。通ったからといって、僕の声のコンプレックスが消えたわけではありません。声が劇的に変わったわけでもありません。「通えば解決」と期待して行くと、がっかりすると思います。僕にとっての価値は、声そのものの変化より、「声を出す練習を安心してできる場所」が手に入ったことでした。
もし検討するなら、体験レッスンで「講師の前で声を出して、嫌な気持ちにならないか」を確かめることをおすすめします。声の悩みを茶化さず、まじめに扱ってくれる場所かどうか。僕は、それがいちばん大事な選定基準だと思っています。
どもりや声のつらさが強い場合は、専門機関も選択肢です
この記事では、僕のどもりや緊張を「体験」として書いてきました。自分が何かの症状に当てはまるかどうか、この記事で判断しないでください。僕にはそれを判断する資格がありませんし、自己判断はしばしば自分を余計に追い込みます。
そのうえで、もし声や話すことのつらさが強く、仕事や生活に支障が出ているなら、専門機関に相談する選択肢があります。声そのものの不調は耳鼻咽喉科で診てもらえますし、話し方やどもりの悩みには、言語聴覚士という専門職がいます。
専門家を頼ることは、大げさなことでも恥ずかしいことでもありません。僕がスクールという場所を頼ったのと、地続きの選択です。
まとめ:声のコンプレックスは、持ったままでいい
要点をまとめます。
- 声のコンプレックスは「出す」動作とセットだから、話すこと全体を苦手にしやすい
- 録音の声への違和感は仕組み上自然と言われるもので、「自分の声は変」の証拠ではない
- 声を変えるより、息・口・第一声の工夫で「出しやすい状態」を作る方が続く
- 会話は聞く側でも参加できる。声の悩みで会話をあきらめなくていい
- 安全な場所で声を出す時間を持つと、恐怖は少しずつ小さくなる
- つらさが強いなら、耳鼻咽喉科や言語聴覚士など専門機関も選択肢
僕は今も、声を出す前に「ちゃんと出るかな」と一瞬考えます。高い声も、どもりやすさも、なくなってはいません。それでも、声を出すことをやめなかった自分のことは、認めてあげたいと思っています。
あなたの声は、あなたが思っているほど、周りにとって「変な声」ではありません。そして、たとえ思うような声が出ない日があっても、あなたの話す言葉と聞く姿勢の価値は、変わりません。