付き合って一年ほどたった頃、夜の帰り道で彼女に言われました。

「ねえ、たまには自分の話もしてよ」

僕は何か答えようとして、言葉を探して、そのまま黙ってしまいました。 数秒の沈黙のあと、彼女は前を向いたまま、静かに言いました。

「あなたが何を考えてるか、わからない」

この言葉を、僕はその後も何度も言われることになります。 彼女からだけではありません。職場の先輩からも、友人からも言われました。 もしあなたが同じ言葉に心当たりがあるなら、この記事はあなたのために書きました。

先に、いちばん伝えたいことを書きます。

あなたは、考えていないわけではありません。 考えているのに、言葉が出てこないだけです。

僕はそのことに気づくまでに、ずいぶん時間がかかりました。 この記事では、あの沈黙の中で何が起きているのかと、僕が試して続いている方法を書きます。

「わからない」と言われた夜、僕の頭の中にあったもの

彼女に「わからない」と言われたとき、僕の頭の中は空っぽだったわけではありません。 むしろ逆でした。

「今日の映画、彼女は楽しめただろうか」 「さっきの店で、ちょっと歩くのが速すぎたかな」 「この関係を、ずっと続けたいな」

そういう思いは、確かにありました。 ただ、それが文章の形になって口から出てくるまでに、時間がかかるのです。

言おうとした瞬間に、別の考えが割り込んできます。

「これを言って、変に思われないかな」 「言葉の順番、おかしくないかな」 「噛まずに言えるかな」

チェックが先に走って、言葉が渋滞します。 そうこうしているうちに、会話の「間」が終わってしまう。 外から見れば、ただ黙っている人です。 中では、こんなに騒がしいのに。

「考えていない」と「言葉にならない」は、別のこと

頭の中に考えがあることと、それを言葉として取り出せることは、別の働きです。 僕は長いあいだ、この二つを混同していました。

黙ってしまう自分を「何も考えていない、中身のない人間だ」と責めていました。 相手にそう見えているなら、実際そうなのだろう、と。

でも、違いました。 考えはある。感情もある。取り出す回路が細いだけ。

たとえるなら、倉庫と出口の関係です。 倉庫の中には、ちゃんと荷物が入っています。 ただ、出口が狭くて、一度にひとつずつしか運び出せない。 外から見ている人には、倉庫が空に見えてしまうだけなのです。

このことに気づいてから、自分への責め方が少し変わりました。 「中身がない」と「出力が遅い」は、まったく別の話です。 そしてこの区別は、あなたを守るためだけでなく、相手との関係を立て直すためにも大事になります。 詳しくは後半で。

なぜ言葉が出てこないのか——僕の場合

理由は人によって違うと思います。 だからここでは、あくまで僕の場合を書きます。 僕の場合は、大きく二つありました。

言葉にする練習を、してこなかった

一つ目は、育ってきた環境です。 僕の育った家には、会話がほとんどありませんでした。 「今日どうだった?」と聞かれた記憶が、ほとんどないのです。

感じたことを言葉にして、誰かに受け取ってもらう。 その経験を積まないまま、僕は大人になりました。 子供の頃は、読書感想文が書けませんでした。 本を読んでも、自分が何を思ったのかが、自分でもわからなかったのです。

言語化は、生まれつきの才能というより、積み重ねの技術だと僕は思っています。 練習の機会がなかった人が苦手なのは、ある意味で自然なことです。 このあたりの経緯は、連載「話せなかった僕の記録」に詳しく書いています。

緊張が、言葉の前に立ちふさがる

二つ目は、緊張です。 僕は中学の頃、声のことでからかわれた経験があります。 それ以来、声を出すこと自体に不安がつきまとうようになりました。

「ちゃんと言えるかな」「笑われないかな」「声、裏返らないかな」

こういう不安の処理に頭のリソースを使うので、言葉を組み立てる余裕が残りません。 緊張しているときほど言葉が出ない。そんな経験があなたにもあるなら、原因は中身のなさではなく、この「同時処理のパンク」かもしれません。

これは僕の中で、今も消えていません。 消えていないけれど、付き合い方は変わりました。

相手の側では、何が起きているのか

一方で、当時の僕にまったく見えていなかったことがあります。 「何を考えてるかわからない」と言うとき、相手はこちらの答えを採点したいわけではない、ということです。

少なくとも、僕の彼女の場合はそうでした。 あの言葉の中身は、たぶんこうでした。

「私は、あなたの気持ちが見えなくて、不安だ」

沈黙は、こちらの意図とは関係なく、拒絶や無関心に見えることがあります。 考えている沈黙と、興味がない沈黙は、外からは区別がつかないからです。

だから相手は不安になります。 不安になった相手の表情を見て、こちらはさらに焦るのです。 焦ると、ますます言葉が出なくなります。

このループを、僕は何年も回し続けていました。 壊れていたのは僕の中身ではなく、この「沈黙の意味が伝わらない」という一点だったのだと、今は思います。

言いかえると、言葉が遅い人は、誤解のコストを先払いさせられているのです。 本人が何かを間違えたわけではないのに、沈黙のたびに少しずつ信頼の残高が減っていく。 だからこそ、後で書く「沈黙の意味を先に伝えておく」という小さな手当てが効きます。

「別に」「なんでもない」が、関係を削っていく

もう一つ、当時の僕がやってしまっていた返答があります。

「何考えてるの?」 「……別に」

嘘ではないのです。 うまく言葉にできないから、いちばん短い答えでその場を終わらせようとしただけでした。 でも相手からは、これは壁に見えます。 「話す気がない」「私には教えたくない」というメッセージとして届いてしまう。

考えを言えないことよりも、この「別に」の積み重ねのほうが、関係を削っていたかもしれません。 振り返って、そう思います。

では、どうすればよかったのか。 ここからは、僕が試して、いまも続いているものだけを書きます。 効果を約束するものではありません。 でも、どれも小さく始められるものです。

僕を助けた三つの方法

1. 完成した言葉より先に、「現在地」を出す

いちばん変化が大きかったのは、これでした。 うまい答えが出てくるまで黙るのをやめて、途中経過を口に出すことにしたのです。

「ちょっと考えてるから、少し待ってて」 「うまく言えないんだけど、嫌とかじゃないよ」 「言葉にするの、時間かかるタイプなんだ」

それだけです。 文章として完成していなくて構いません。 沈黙が「考え中」なのだと伝われば、同じ沈黙でも意味が変わります。

僕が彼女に「言葉が出るのが遅いだけで、ちゃんと考えてるよ」と伝えたときの反応は、拍子抜けするほどあっさりしたものでした。 相手が知りたかったのは、立派な意見ではなく、僕がそこにいるかどうかだったのです。

コツは、60点の答えを許すことだと思っています。 完成した100点の言葉を待っていると、間に合いません。 「うまく言えないけど」と前置きした60点の言葉のほうが、沈黙よりずっと多くを伝えます。 これは平常時に言っておくのも有効でした。 何も起きていないときに「僕は言葉が出るまで時間がかかるタイプなんだ」と伝えておく。 そうすると、いざ黙ってしまったときに、相手がその沈黙を訳せるようになります。

2. 書いて、言葉にする練習をする

話すのが苦手でも、書くことならできる場合があります。 話すことと違って、書くことには「間」の制限時間がないからです。

僕は寝る前に、その日に感じたことを数行だけ書くようにしました。 誰にも見せないノートです。

心理学者ジェームズ・ペネベーカーという研究者がいます。感じたことを書き出す「筆記開示(エクスプレッシブ・ライティング)」の研究で知られる人物です。 1986年の最初の研究以来、書くことが心身に与える影響について、多くの検討が積み重ねられてきました。

僕にとって、書くことは「言語化の素振り」でした。 一度でも文字にした気持ちは、あとで口からも出やすくなる。 少なくとも僕の場合は、そう感じています。

3. 気持ちに、仮の名前をつける

「なんかモヤモヤする」で止めずに、もう一歩だけ名前を探してみます。 これは寂しさなのか、悔しさなのか、ただの疲れなのか。

心理学者マシュー・リーバーマンらが2007年に発表した研究があります。感情を言葉にする「感情ラベリング」を行うと、脳の扁桃体という部位の反応が抑えられたという報告です。 気持ちに名前をつける行為そのものに、気持ちを落ち着ける働きがあるかもしれない、ということです。

名前は、正確でなくて構いません。 「たぶん、寂しかったんだと思う」 その程度の精度で十分です。 仮の名前でも、名前があれば相手に手渡せます。 名前のない気持ちは、渡しようがありません。

職場で「わからない」と言われる場合

この言葉は、恋人からだけ言われるものではありません。 僕は職場でも、意見を求められて固まってしまうことがよくありました。 会議で急に振られると、頭が真っ白になるのです。

ここでも、助けてくれたのは「現在地を出す」でした。

「考えを整理したいので、少しだけ時間をもらえますか」 「いま出せるのは半分ですが、〇〇までは考えています」

黙り込むのと比べれば、これだけで印象は大きく違ったように思います。 その場で完成品を出せる人だけが、考えている人ではありません。 持ち帰って、翌日に文章で出したっていいのです。 書くほうが得意なら、書ける場面に持ち込む。 それは逃げではなく、自分の出力方法に合わせた工夫だと僕は思っています。

伝える経路は、口だけではない

その場で話すことだけが、気持ちを伝える経路ではありません。

僕は、会って話しているときには言えなかったことを、あとからメッセージで送ることがあります。 「さっきはうまく言えなかったけど、本当はこう思ってた」 時間差があっても、文章でも、伝わればそれは立派な伝達です。

口で、その場で、即座に。 この三つの条件がそろわないと伝えたことにならない、というのは思い込みでした。 話すのが遅いなら、書けばいい。 即答が苦手なら、時間をもらえばいい。 経路を増やすほど、「伝わらないまま終わる」ことは減っていきます。

ただし、ひとつだけ注意があります。 文章に頼るときも、その場での一言目だけは口で出すことです。 「あとでちゃんと返すね」の一言があるかないかで、相手の待ち時間の意味が変わるからです。

話せなくても、聞くことで伝わるものがある

もう一つ、順番の話をさせてください。 僕には「自分のことをうまく話せないなら、せめて聞こう」と決めた時期があります。

彼女の愚痴や、たわいもない話を、「へえ、そうなんだ」と聞く。 遮らない。否定しない。受け取る。

それだけのことで、関係は少しずつ変わっていきました。 「何を考えてるかわからない」と言われる回数も、減っていきました。

考えてみれば、当然だったのかもしれません。 相手の話を最後まで聞く姿勢は、それ自体が「あなたに関心がある」という表明だからです。

話すことでしか気持ちは伝わらない、と僕は思い込んでいました。 でも、聞くことでも伝わるものが、確かにありました。

これは、話せない自分をごまかす代替手段ではありません。 最後まで人の話を聞ける人は、実際のところ多くありません。 言葉が遅いぶん、聞くことに回れるのは、それ自体がひとつの持ち味です。 このサイトが「聞く力」を看板にしているのは、それが僕の実感だからです。

「治さなくていい」と、僕は思っています

最後に、この記事でいちばん言いたかったことを書きます。

言葉に詰まるのは、今も同じです。 初対面の人と話すときは緊張しますし、噛むこともあります。 「言葉がすらすら出てくる自分」には、なれていません。

でも、それでいいと今は思っています。

言葉が遅い人は、考えていない人ではありません。 出力に時間がかかるだけの、むしろ考えすぎるくらい考えている人です。 直すべき欠陥ではなく、付き合っていく性質。 そう捉え直してから、僕はずいぶん楽になりました。

「何を考えてるかわからない」と言われた夜、あなたの中にも、言葉の手前のものがちゃんとあったはずです。 それを、まずあなた自身が信じてあげてください。 伝える技術は、そのあとから少しずつ足していけます。

なお、関係や自分自身についてのつらさが強く続く場合は、一人で抱え込まないでください。 カウンセラーなど専門家に相談するという選択肢もあります。